映画 『母べえ』
治安維持法が映像に
新年早々映画ファンはもとより、広く国民の與望をになって「母べえ」のロード・ショーがはじまります。山田洋次監督、吉永小百合主演と聞いただけでも、わくわくしましたが、試写会を見たかぎり、直接治安維持法の犠牲者となる少壮のドイツ文学者を演ずる坂東三津五郎はじめ、子役をふくめてすべての出演者が脇を固めて好演です。
映画のシナリオ作成にあたって、スタッフが同盟中央本部事務所にこられ、治安維持法そのものの成立の由来の勉強をはじめ、時代考証に万全を期しました。たとえば特高警察が家に乱入逮捕する際、「土足のまま踏み込んだか、靴を脱いで入ったか」「逮捕令状や捜索令状はちゃんと持参して家人に提示したか」など、微細にわたって質問、確認されました。
世界で六〇カ国以上が戦争にまきこまれ、一億人もの兵士が戦火を交えた第二次世界大戦。世界で五千五百万人もの尊いいのちが奪われました。日本の天皇制軍国主義、ドイツのヒトラー・ナチズム、そしてイタリア・ファシズムの三国同盟が枢軸となっておこなった侵略戦争。手足をもがれた戦傷者や家屋、財産を失った戦災者を加えると、犠牲者はその数倍以上に達します。
日本では、天皇制政府が侵略戦争遂行の地ならしとしたのが治安維持法を軸とする国民弾圧体制。社会と国土の破滅的崩壊と、みずからもくり返し逮捕され、敬愛する夫君もまた十二年間にわたり投獄される痛苦の体験をされた宮本百合子さんは、生前、戦争と暗黒政治を決してくりかえさないために「治安維持法」という題名の小説が描かれるべきだと説かれています。百合子さんは戦後自由を回復してのち、『播州平野』や『道標』などすぐれた作品の中にその主張を部分的に裏付ける努力をされました。
今は視聴覚資料やメディアの時代。その現代のニーズに適合する形で歴史の警鐘として宮本百合子さん指摘の「治安維持法」が「母べえ」の名の映像となって国民の眼前に姿を現わしたのです。(元)
不屈中央版 403号 2008年1月15日